フランス産ワインが消える?気候変動で日本ワインに注目が集まる理由
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お酒を嗜む方であれば、食卓やワインセラーに並んでいるワイン。しかし今現在、そのボトルが数年後には別の産地のものに変わっているかもしれないという危惧があります。フランスのボルドー、スペインのラ・マンチャ、イタリア全土。これまでワインといえばヨーロッパ、という常識が、地球温暖化によって根底から揺らいでいるのです。
この記事では、気候変動がワイン産地の世界地図をどう書き換えているか、そのなかで日本のぶどう栽培と大手メーカーがどんな適応策をとっているかをお伝えします。環境問題と聞くと身構えてしまう方も、一杯のワインを入り口に、少し違う角度から気候変動を考えてみてください。
ワインの産地が移動している理由は「ワインベルト」の北上と、日本のポテンシャル

地球温暖化はワインの味や産地を激変させています。まずは、フランスなどの伝統的な名産地が直面している未曾有の危機の核心に迫ります。
1.気候に極めて敏感なぶどう・ワインベルトの危機
ワインの主原料であるぶどうは、気候に極めて敏感な作物です。ワイン用ぶどうが育つには、年平均気温がおよそ10〜20度の範囲に収まる必要があると言われており、この帯状の気候帯は「ワインベルト」と呼ばれています。
これまでフランス・イタリア・スペインなどの南欧から、アメリカのカリフォルニア、南米のチリ・アルゼンチンにかけて広がっていました。
2.21世紀末までに世界のワイン産地の約9割が消えると言われている
フランスのボルドー国立農業科学学術院などの研究によれば、21世紀末までに世界のワイン産地の約9割が気候変動によって生産を続けられなくなる恐れがあるとされています。
これは、国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が提示する「地球全体の環境対策の進み具合を想定した複数のシナリオ」をもとに、研究チームが世界各地のワイン産地をマッピングして導き出した予測です。
世界が恐れる「2度上昇シナリオ(地球温暖化の限界線)」と関係
研究チームが特に警鐘を鳴らすのが、産業革命前と比べて地球の平均気温が「2度上昇」するシナリオです。現在、世界が目指しているパリ協定では、温暖化による破滅的な被害を避けるため気温上昇を「1.5度」に抑えることを目標にしていますが、対策が遅れて2度に達してしまった場合、ワイン界には次のような激変が起こります。
- 南欧(スペイン・イタリア・ギリシャなど)の崩壊:伝統的な産地では極端な干ばつ(水不足)と、ぶどうの天敵である「熱波」が日常化します。沿岸部や低地にある伝統的なぶどう畑の最大65%〜90%が、商業的なワイン生産に適さなくなる(実質的な壊滅)と予測されています。
- カリフォルニアや南オーストラリアの危機:ヨーロッパだけでなく、アメリカのナパ・ヴァレーやオーストラリアの有名産地でも、夏の猛暑によってぶどうの品質が保てなくなり、産地としての存続が厳しくなります。
この「2度上昇」というラインは、私たちが慣れ親しんできたボルドーやキャンティといった伝統的な名門ワインが文字通り世界地図から消え去るかどうかの「デッドライン(臨界点)」なのです。
3.失われる「テロワール(土地の個性)」
気候変動によってぶどうの糖度が上がりアルコール度数が高くなるほか、酸味が弱くなって味が変わる可能性があります。繊細な香りと酸味のバランスこそがワインの個性を決める大きな要素です。その均衡が崩れることは、産地固有のテロワール(土地の個性)そのものが失われることを意味します。
4.栽培の北限がイギリスやスウェーデンまで北上
わずか20年前まで、ヨーロッパのぶどう栽培の北限はフランスのベルギー国境近くにあるシャンパーニュでした。しかし、現在は中部イングランドやスウェーデン南部にまで北上しています。
ワイン産地として有名なフランス南西部のボルドーでは、あと10〜20年で土地固有のぶどうは作れなくなるだろうとも言われています。
5.フランスが伝統を変化させ「品種規制」を変えた切迫感
2019年、ワイン界に激震が走りました。
フランス・ボルドーのワイン委員会(CIVB)が、AOCボルドー(原産地呼称統制)の認可ぶどう品種に、ポルトガル由来の「トリーガ・ナシオナル」やスペイン由来の「アルバリーニョ」など、新たに7つの外来品種を追加することを承認したのです。
いかに異常事態であるかを知るには、フランス人のワインに対するプライドを理解する必要があります。
法律で「よその品種」を拒んできた国
フランス人にとって、ワインは単なるお酒ではなく「国家の魂であり、至高の文化」です。
特にボルドーやブルゴーニュといった名門産地では「この土地の気候と土壌(テロワール)に宿る神髄は、何百年も守られてきた伝統品種でしか表現できない」と本気で信じられています。フランスのワイン法(AOC制度)は非常に厳格で、指定された伝統品種以外のぶどうを植えることすら厳しく制限されてきました。
ぶどうの品種を変えるということは、フランス人にとっては「自分たちの歴史とアイデンティティを否定すること」と同義だったといえるでしょう。
背に腹は変えられないボルドーの屈辱
しかし、近年の猛暑はその頑固なプライドをへし折りました。ボルドーの伝統品種である「メルロー」などは、暑さのせいで熟すのが早すぎて糖度が上がり、アルコール度数が15%を超えるような“焼け付くような味”のワインになってしまう問題が発生したのです。
「このまま伝統に固執して、マズいワインを作るのか。それともプライドを捨てて、他国のぶどうを入れてでも『ボルドーの味(クオリティ)』を守るのか」
ボルドーの生産者たちは、後者を選びました。新たに採用されたポルトガルやスペインの品種は、いずれも「猛暑や乾燥に強い」特徴を持っています。かつてなら「自国のテロワールに合わない他国のぶどう」と見向きもしなかった品種を許可した、と言ってもいいかもしれません。
この品種規制の変更は、フランスワイン界が100年かけて築いたプライドを捨ててでも生き残る道を選んだ「限界突破の切迫感」の現れなのです。
ワインのラベルには「アルバリーニョ(スペインの有名な白ぶどう)」などの名前が書かれないため、一般の消費者は気づきにくいですが、今まさに私たちが飲んでいる数千円クラスのデイリーなボルドーワインの隠し味には、南欧のぶどうが混ざり始めています。
なぜ日本が注目されるのか?「栽培品種を変えるか、自分が移動するか」

「品種を変えるか、自分が動くか」。世界の名門が究極の二択を迫られるなか、かつては栽培に不向きとされた日本が、いま世界のトップワイナリーから熱い視線を浴びています。
1.世界が注目する日本の高標高エリアと北海道
気候変動によってワインベルトが北方へシフトするなかで、新たに注目を集めているのが日本の高標高エリアです。
かつては「雨が多すぎる」「寒暖差が不十分」として栽培適地とは見なされていなかった地域が、今や世界水準のぶどうを育てる場所として生まれ変わりつつあります。特に注目されているのが、長野県の千曲川ワインバレーや北海道の冷涼な産地です。
2.温暖化が冬の凍害リスクを下げ、高品質な欧州品種の故郷へ
長野県では冬の凍害が減ってきた1990年代後半より、ヨーロッパ系ぶどうの栽培に着手する生産者が増えました。信州は日本の産地のなかでも比較的ヨーロッパ系ぶどうの生産が多い地域という特徴があります。
温暖化が冬の凍害リスクを下げた結果、逆に高品質な欧州品種が育ちやすい環境になったのです。
3.世界共通の決断:「品種を変えるか、自分が移動するか」
この動きは日本だけではありません。例えばオーストラリアでは、シドニー近郊のハンター・ヴァレーが暑すぎるとしてワイナリーが南のタスマニア島に集まり始めています。
気候変動に直面したとき、選べる道は2つしかありません。
- 栽培品種を大きく変えるか
- 自分が(適地へ)移動するか
日本の大手ワインメーカーはいち早くこの問いに向き合い、適地への移動と技術による適応の両方を並行して進めています。
日本のワイン栽培技術の持続可能な戦略

世界中が温暖化に頭を抱えるなか、日本のワイナリーはただ気候の変化を待つのではなく、独自の工夫と最先端の科学で立ち向かっています。世界を驚かせる4つのイノベーションを紐解きます。
日本の知恵「棚栽培」が、実は猛暑に強い理由
まず日本のぶどう栽培の原点を押さえておきましょう。日本には「棚栽培(たなさいばい)」と「垣根栽培(かきねさいばい)」という2つの方法があります。
- 伝統の「棚栽培」:ぶどう棚と呼ばれる水平に張った構造物の上に枝を広げる方法です。上から傘のように枝葉が広がるため、雨が果実に直接当たりにくく、地面と果実の距離を十分に保てます。高温多湿の日本で病気を防ぎながら育てるための、先人の知恵から生まれた方法です。
- 欧州主流の「垣根栽培」:ワイヤーを張った支柱に枝を沿わせて縦に育てます。葉の量を少なくして風通しをよくする設計で、品質の高い欧州品種を育てるのに適しています。
注目すべきは、近年の猛暑対応において伝統的な棚栽培が再評価されている点です。果実が葉の陰に入る構造は、強烈な直射日光から果実を守る日よけ(シェード)としても機能します。温暖化の進行とともに、日本が長年培ってきた栽培の知恵が、新しい気候への適応手段として見直されています。
大雨に負けない「レインカット栽培」と最高賞の栄誉|マンズワイン

1962年にキッコーマンの子会社として設立されたマンズワインは、長野県小諸市の千曲川ワインバレーでいち早くぶどう栽培を始めたパイオニアです。日本が「ワインの産地」とほぼ見なされていなかった時代から、冷涼な高地の可能性を切り拓いてきました。
千曲川の氾濫にも耐えたビニールの屋根
同社が開発した「マンズ・レインカット栽培法」は、垣根栽培のぶどう棚の上にビニールの屋根を設置して雨を防ぐ画期的な方法です。雨による病害を防ぎながら、ぶどうが完熟するのを待って収穫できます。2019年に千曲川が氾濫する大雨に見舞われたときも、このレインカット栽培のおかげで悪影響を免れました。
プレミアムワイン「ソラリス」の快挙
この技術が支えるプレミアムワイン「ソラリス」シリーズは、国内外で高い評価を受けています。「日本ワインコンクール(JapanWineCompetition)2023」では、ソラリスシリーズが5品で金賞を受賞。
なかでも「ソラリスラ・クロワ2019」が欧州系品種・赤部門の部門最高賞を、「ソラリス千曲川ソーヴィニヨン・ブラン2022」が2年連続の金賞を受賞しました。雨の多い日本という「弱点」を技術で克服し、独自のテロワールへと昇華させた好例です。
ぶどうの成熟を秋にずらす新技術「副梢栽培」|サントリー

サントリー登美の丘ワイナリー(山梨県)が山梨大学と共同で開発したのが、ぶどうの成熟タイミングをコントロールする「副梢(ふくしょう)栽培」という新技術です。
なぜ、ぶどうの成熟時期をずらすのか?
通常、ぶどうは春に芽吹いた新しい枝(新梢)に果実をつけ、7〜9月の夏の暑さのなかで成熟します。しかし近年の温暖化で夏の最低気温が下がりにくくなり、ぶどうの糖度が思うように上がらない問題が生じています。
そこで副梢栽培では4月頃に芽吹く枝の先端をあえて切除し、そのあとに芽吹く脇芽(副梢)を育てます。ぶどうの成熟開始時期を9月上旬頃まで遅らせ、11月中旬頃に収穫できるようにするのです。つまり、熟すタイミングを猛暑の夏から涼しい秋へとずらすことで、秋の心地よい寒暖差の恩恵を受けやすくしています。
環境を守る「草生栽培」と「炭素貯留」
サントリーはこのほかにも、ぶどう畑の農薬や肥料を最小限にして土壌の微生物や益虫を増やす「草生栽培(そうせいさいばい)」や、剪定した枝を炭化して土壌に混ぜ込み炭素を閉じ込める「4パーミル・イニシアチブ」と呼ばれる環境取り組みも行っています。
単に美味しいワインを作るだけでなく、生物多様性や炭素吸収まで視野に入れた次世代の農業モデルを追求しています。
荒廃地から世界に認められた「椀子ヴィンヤード」|シャトー・メルシャン(キリン)
キリングループのメルシャンが展開する「シャトー・メルシャン 椀子(まりこ)ヴィンヤード」(長野県上田市)は、かつて桑畑として使われていた遊休荒廃地を2003年にぶどう畑へと転換した場所です。
陽当たりの良さ、降水量の少なさ、排水性・通気性に優れたこの畑は、温暖化が進む時代において「涼しくて乾燥した高地」というワイン産地の理想条件を完璧に備えています。
農業ビジネスと自然保護を両立。「自然共生サイト」への認定
その品質は世界に認められており、優れたワイナリーを選ぶランキング「ワールド・ベスト・ヴィンヤード」では近年、アジア1位を獲得しています。
さらに注目すべきは、ワイン生産と自然保護の両立です。キリンホールディングスは農研機構(国立研究開発法人)との共同研究を新たに開始し、ぶどう畑の生物多様性評価や、気候変動緩和策である土壌の炭素貯留効果の評価を進めています。
その成果として、2023年10月には環境省から「自然共生サイト」として正式に認定されました。農産物を事業として生産する畑(農地)で認定された例は、この時に認定された122カ所の中でここだけです。希少種を含む豊かな生態系を育むこの畑は、「ネイチャーポジティブ(自然への貢献)」を体現する先進事例として国内外から熱い視線を集めています。
まとめ|ワインの産地に迫る危機と気候変動に対応する

遠い国の話に見える温暖化の影。しかし私たちが手にする日本ワインのボトルには、地球の未来に立ち向かう日本の知恵と最先端テクノロジーが詰まっています。
フランスのぶどう危機は決して他人事ではなく、地球規模の課題です。しかし、日本のメーカーは伝統の「棚栽培の知恵」や、「副梢栽培」「高地開拓」といった圧倒的な技術力と熱意で、それを大きなチャンスに変えています。
これから「日本ワイン」の文字をメディアやお店で見かけたら、それは単なるブームではありません。地球温暖化に立ち向かう日本のテクノロジーとフロンティア精神の結晶なのだと知ると、目の前の一杯がより深く、美味しく味わえるはずです。







