日本が誇る「国民皆保険」の裏側|膨大化する医療費財政を紐解く


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SDGs(持続可能な開発目標)の目標3「すべての人に健康と福祉を」を、世界でも高い水準で体現しているのが日本の国民皆保険制度です。年収に応じた負担割合や、支払額に上限を設ける「高額療養費制度」により、誰もが経済的理由で治療を諦めずに済む社会が維持されてきました。
しかし現在、この優れた制度はかつてない危機に直面しています。
2024年度の医療費は48兆円。財政を圧迫する「高齢化」と「高額薬」


(令和4(2022)年度 国民医療費の概況より筆者作成)
日本の医療費は年々増加し、2024年度には約48兆円に達しました。財政を押し上げる主な要因は2つあります。
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超高齢社会の進展
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革新的新薬の登場
75歳以上の1人あたり医療費(約97.4万円)は、75歳未満(約25.4万円)の約4倍。高齢化に伴う慢性疾患や介護費用の増大が、現役世代の負担を重くしています。また、がんの免疫チェックポイント阻害薬や、1回3,000万円を超えるCar-T療法、さらには1億円を超える希少疾患の薬など、画期的な新薬が登場しています。劇的な効果をもたらす一方、公的財源を大きく消費します。
日本の医療費は今後も増加が見込まれています。日本の人口が減少しているなか、今後も医療費の増加が見込まれるのは高齢化社会にあります。


(総務省「国勢調査」と「人口推計」より筆者作成)
医療費は年齢とともに増加する傾向にあり、2024年度の国民1人あたりの医療費は、75歳未満では25万4000円でしたが、75歳以上では97万4000円となりました。75歳以上の高齢者が全体の医療費の4割以上を占めました。高齢者の増加に伴い、慢性疾患の治療や介護にかかる費用が増大し、公的な医療財政の増大をもたらしています。
医療費抑制が生んだ副作用「ドラッグラグ・ロス」


日本の医療費は、医療サービスや医師や医療従事者に支払うものと、薬に支払うものがあります。医療財政の拡大を押さえつつ、高度医療に対応できる人材などの人件費は上げていかなければなりません。そのため、近年では、薬価を下げて、医療サービスへの支払いは横ばい、もしくは増加させるという施策を取ってきていました。
日本の薬の値段が決まる方法は、非常に特殊です。薬は厚労省によって承認され、薬価も厚労省によって設定されます。薬価は見直しによって年が経つごとに下がっていきます。しかし、これが新たな問題を引き起こしています。日本の薬価制度は国が価格を決め、さらに毎年改定(値下げ)が行われる特殊な仕組み。製薬メーカーにとっては、莫大な開発費(数万の候補から1つが生まれる確率)を回収しにくい市場となっています。従来は一度決まった薬価は2年ごとに改訂(値下げ)されていたのが、毎年の改訂に変更となったことも背景の要因としてあります。
これは、医療財政の拡大を抑えるのが目的です。製薬メーカーにとっては自社の薬の価格を自分で決められないだけでなく、勝手に国によって毎年下げられてしまう事態で、日本でビジネスを行うのにあたり薬価が勝手に下がってしまうことで、長期的な戦略を立てにくくなっています。
その結果、以下の現象が常態化しています。
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ドラッグラグ: 海外で承認された新薬が日本で使えるまで数年かかる。
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ドラッグロス: 採算が合わないため、製薬会社が日本での発売自体を断念する。
国も審査期間の短縮などの対策を講じていますが、世界の新薬が日本に届かないリスクは深刻化しているといえるでしょう。
日本における新薬販売の難しさ


治験は一般的に動物実験から始まり、人での治験もPhase1から3まであります。そのため、実際に1つの新薬ができるまでに、3万もの物質を研究していると言われています。治験の途中で毒性が強かったり、思ったほど効果が出ない物質もあったりで、製薬会社は、それまでにかかったコストを回収することはできません。
さらに薬の効果は人種によって異なることがあるため、海外の治験結果をそのまま日本に利用することは難しく、日本人での治験結果が求められます。
日本で新薬を販売するためには、莫大な費用と時間をかけて国内での治験を行わなければなりません。しかし、せっかく日本で薬の承認を受けても、薬価は国によって決められ、毎年下がっていく日本市場に対して、製薬メーカーが興味を持てなくなってきています。
国でも憂慮すべき状況として、国際共同治験の推進、海外ベンチャー企業の開発促進、薬事承認・審査期間の短縮、薬価制度改革によるインセンティブ付与のような形で対応は進めていますが、解消にまでは至っていません。
「セルフメディケーション」と制度見直しの是非


増大する医療費への対策として、国は2つの大きな議論を進めています。
1.高額療養費制度の上限引き上げ
一定額以上の支払いを免除する上限額の引き上げが検討されています。経済的理由による受診控えを懸念する声もありますが、制度を持続させるためには、所得に応じた適正な負担増は避けられないフェーズに来ています。
2.医療用医薬品の「OTC化(市販薬化)」
医師の処方箋が必要な薬を、薬局で購入できる一般用医薬品(OTC)へ切り替える動きです。 現状、風邪薬や湿布など、市販品と同じ成分の薬を「3割負担の方が安いから」と病院で処方してもらうケースが多々あります。この「残り7割」は公費です。安全性の懸念から反対意見もありますが、軽症なら自ら薬局で選ぶ「セルフメディケーション」への転換が求められています。
まとめ|一人ひとりが国民皆保険と本当に必要な医療を考える必要がある


日本の国民皆保険は、非常に優れた制度です。ただし国の支援があってのものです。
そして、国民皆保険ができた時代の環境と異なり、高齢化や薬の価格が上がっています。
そのような中、私たち一人ひとりが、必要な時に病院にかかり、そうではない時は、薬局の薬で対応するように考えていく必要があります。例えば、自分の考えに固持して、自分の思い通りのことを言ってくれるまであちこちの病院にかかるドクターショッピングなどは避けるべきことです。また、高齢者ではいろいろな持病のため、複数の薬を飲む必要がありますが、同じ効用のものが複数出ているポリファーマシー問題があります。
こういったことは、私たち一人ひとりが注意をしていけば避けられ、国の医療費を抑えることにもなります。私たちが何かあったら病院にお任せするのではなく、医療リテラシーを上げて、必要な時に病院に行くということが、ひいては、国民皆保険を守ことにもつながっていきます。











