大相撲秋場所の女人禁制とは?土俵に女性が上がれない理由
人権・多様性
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2026年の大相撲秋場所は、9月13日から両国国技館で開催されます。秋場所を前に改めて注目されるのが、女性が土俵に上がれない「女人禁制」の慣習です。
大相撲ではなぜ現在もこの伝統が続いているのでしょうか。この記事では日本相撲協会の公式見解をもとに、女人禁制の理由や歴史、緊急時の例外、表彰や女性首相をめぐる現在の議論までわかりやすく解説します。
大相撲の女人禁制とは

大相撲における「女人禁制」とは、現在では主に女性が大相撲の土俵に上がらないという慣習を指します。日本相撲協会は2018年4月に公表した理事長談話で、女性を土俵に上げないことを大相撲の伝統と説明しています。一方、その適用範囲については「大相撲の土俵に限る」としています。
そのため「大相撲そのものが女人禁制」と考えるより、大相撲の土俵に女人禁制という慣習が残っていると理解するほうが正確でしょう。
土俵上では力士同士の取組だけでなく、優勝力士の表彰や自治体関係者のあいさつなども行われます。現在の大相撲では、こうしたセレモニーについても女性を土俵に上げない慣習が原則として適用されています。
女性が土俵に上がれない理由は大相撲の伝統?

では、なぜ大相撲では女性が土俵に上がれないのでしょうか。日本相撲協会は、その理由として主に「相撲と神事との関係」「伝統文化の継承」「男性力士が戦う場としての土俵」という考え方を示しています。
相撲は神事と関わりながら発展してきたから
相撲は現在ではスポーツや興行として広く親しまれていますが、歴史的には神事との結びつきも持っています。
日本相撲協会によると、相撲には『古事記』や『日本書紀』にまでさかのぼる伝承があり、その後は農作物の収穫を占う祭りの儀式として行われ、奈良・平安時代には宮廷行事へと発展しました。
江戸時代になると勧進相撲が盛んになり、職業として相撲を取る力士や相撲部屋など、現在の大相撲につながる仕組みが形成されていきます。このように、大相撲には競技や興行であると同時に、長い歴史のなかで形成された文化や儀礼としての側面があります。
その特徴が現在も分かりやすく残っているのが「土俵祭」。2026年秋場所でも、初日前日の9月12日に両国国技館の本土俵で土俵祭が予定されています。土俵祭では立行司が祭主となって祝詞を奏上し、場所中の安全や興行の成功、国家安泰、五穀豊穣などを祈願します。
また、土俵の中央に穴を開け、塩や昆布、するめ、勝栗、洗米、かやの実などの縁起物を納めます。土俵は単に勝敗を決める競技スペースではなく、こうした儀礼が行われる場所でもあるのです。
土俵は男性力士が戦う神聖な場とされているから
日本相撲協会は、女人禁制の理由として「土俵は力士にとって神聖な戦いの場、鍛錬の場」という考え方も示しています。
過去の協会関係者による説明として、大相撲では男性力士がまわしを締めて土俵に上がってきたこと、その結果、土俵を男性だけの世界とする慣習が受け継がれてきたことが紹介されています。
現在も大相撲の力士は男性に限られています。女性そのものを否定するのではなく、男性力士が競い合う場として長く形成されてきた土俵の形式を伝統として残す、という考え方が中心になっています。
ただし、力士が実際に取組を行う場と、表彰やあいさつを行う場をまったく同じルールで扱う必要があるのかについては、別の議論があります。
「女性は不浄だから女人禁制」は相撲協会の公式見解ではない

大相撲の女人禁制については、「女性は穢れた存在と考えられているから土俵に上がれない」という説明を目にすることがあります。しかし、これは少なくとも現在の日本相撲協会が示している公式な説明とは異なるため注意したほうが良いでしょう。
相撲協会は「女性を不浄とみる考え」を否定している
日本相撲協会は2018年の理事長談話で、「女性を不浄とみていた神道の昔の考え方が女人禁制の根拠」という解釈について、「誤解」であるとの立場を示しています。
同談話では、過去の協会関係者による説明として、「女性が不浄だとは考えていない」とする考えも紹介されています。
そのため、下記は大相撲の女人禁制を単純に説明するのに適切ではありません。
- 「生理があるから女性は土俵に上がれない」
- 「神道では女性が穢れているから禁止されている」
現在の相撲協会は、女人禁制を女性の「穢れ」ではなく、男性力士が戦う土俵をめぐる伝統として説明しています。
女人禁制の起源や歴史には複数の議論がある
一方で、「相撲協会がそう説明している」ということと、女人禁制が歴史的にどのように形成されたのかは分けて考える必要があります。
女人禁制については歴史学や宗教学、文化人類学、ジェンダー研究などからさまざまな研究が行われており、「古代からまったく同じ形の伝統が連続している」と単純に説明できるものではないことも事実です。
実際、大相撲における女性の扱いは時代によって変化しています。現在まで残っている「女性が土俵に上がらない」という慣習だけを切り取って、ただ単に「昔から日本では一貫して女性が相撲から排除されていた」と考えるのも正確ではないのです。
大相撲の女人禁制は歴史のなかで形を変えてきた

女人禁制を考えるうえで重要なのが、大相撲と女性との関係が時代によって変化してきたことです。
現在は「土俵に上がること」が主な対象ですが、江戸時代には女性による相撲の観戦そのものにも制限がありました。
江戸時代は女性の相撲観戦も原則禁止だった
日本相撲協会によると、江戸時代の勧進相撲では、基本的に女性の相撲見物が禁止されていました。ただし、完全にすべての日で禁止されていたわけではありません。当時は幕内力士がほとんど取組を行わなかった千秋楽に限り、女性の見物が認められていました。
当時の千秋楽は現在のような本場所のクライマックスではなく、幕下以下の力士の取組が中心だったとされています。つまり、江戸時代には現在よりも広い範囲で女性に対する制限が存在していたことになります。
女性の観戦は1872年から段階的に解禁された
大相撲に大きな変化が起きたのが明治時代です。1872年(明治5年)の十一月場所から、女性の相撲観戦が解禁されました。
ただし、当初からすべての日程を自由に観戦できたわけではなく、女性が入場できたのは二日目以降でした。初日の観戦については引き続き制限されていました。その後、1877年(明治10年)に初日を含む女性の観戦が完全に解禁されています。
この経緯は、「女人禁制」という慣習が時代を通じて固定されたものではないことを示しています。女性の観戦を禁じる慣習は社会の変化に伴って見直されました。一方、女性が土俵に上がらないという慣習は現在まで残されています。
伝統とされるもののなかでも、何が残り、何が変化するかは時代によって異なるのです。
女人禁制でも人命に関わる緊急時は女性が土俵に上がれる
大相撲の女人禁制が社会的に大きく議論されるきっかけとなったのが、2018年に京都府舞鶴市で起きた出来事です。この問題を受け、日本相撲協会は女人禁制にも例外があることを明確にしました。
2018年の舞鶴巡業で女性への退場アナウンスが問題になった
2018年4月、大相撲の舞鶴巡業で、土俵上であいさつしていた多々見良三舞鶴市長が突然倒れました。その際、観客席から女性の看護師らが土俵に上がり、救命処置を行いました。
ところが、行司が女性に土俵から降りるよう求める場内アナウンスを行ったことから、社会的な批判が起こります。人の命がかかった状況でも「女人禁制」を優先するのか、という問題が突きつけられたのです。日本相撲協会はこのアナウンスを不適切な対応だったとして謝罪しました。
相撲協会は緊急時・非常時を女人禁制の例外とした
舞鶴巡業での出来事を受け、日本相撲協会は2018年4月の理事長談話で、人命にかかわる緊急時・非常時について明確な考え方を示しました。
協会は、女性を土俵に上げない伝統があるとしても、緊急時や非常時は例外になるとしています。つまり現在の相撲協会の公式見解では、「女性はいかなる状況でも絶対に土俵へ上がれない」というわけではありません。
人命に関わる状況では救命が優先されます。この出来事は、伝統を維持する場合でも、その範囲や例外をあらかじめ明確にする必要があることを示した事例でもあります。
表彰やあいさつでは現在も女性は土俵に上がらない

救命などの緊急時は例外となる一方、表彰やあいさつといった通常のセレモニーでは、女性を土俵に上げない慣習が現在も維持されています。
女人禁制をめぐる現在の議論では、この点が大きな争点の一つです。
女性首長による土俵上での表彰は認められてこなかった
過去には、女性の自治体首長が土俵上で表彰やあいさつを行えるかをめぐって問題が起きています。2000年には、当時の大阪府知事だった太田房江氏が、大阪で開かれる三月場所の表彰式で土俵に上がり、優勝力士に大阪府知事賞を直接授与することを希望しました。
しかし、日本相撲協会は女人禁制の伝統を理由に認めませんでした。
また2018年の宝塚巡業では、当時の中川智子宝塚市長が女性だったため、土俵上ではなく土俵下からあいさつすることになりました。
日本相撲協会は同年の理事長談話で、公益財団法人となった現在、あいさつや表彰といったセレモニーについても女性を土俵に上げない理由を改めて説明する責任があるとの認識を示しています。
ここで問題になるのは、男性力士が取組を行う競技空間と、公職者が役割として参加する表彰式を同じルールで扱うべきなのかという点です。
高市首相は女人禁制を尊重し土俵に上がらない考えを示している
2026年9月現在、日本の内閣総理大臣は高市早苗氏です。日本初の女性首相の誕生によって、大相撲の女人禁制は新たな角度から注目されることになりました
高市首相は2026年1月30日、福岡市内で行った衆院選の応援演説で、女人禁制について「伝統を重んじる」という立場を示したうえで、今後も自身は相撲の土俵には上がらないとしています。
女性首相が誕生したことによって、直ちに大相撲の女人禁制が変更される状況にはありません。一方で、女性が首相になれる社会において、「首相という公的な立場であっても女性であれば土俵に上がれない」という状況が生まれたことで、伝統と公的役割との関係はこれまで以上に分かりやすく可視化されました。
2026年秋場所の千秋楽は9月27日です。2026年8月下旬の執筆時点では、秋場所で内閣総理大臣杯を誰が実際に授与するのかについて、公式な発表は確認できていません。そのため、授与者については今後の発表を待つ必要があります。
女人禁制では伝統をどこまで適用するかが問われている
大相撲の女人禁制については、「日本の伝統だから守るべきだ」という意見と「女性だけを土俵から排除するのは不平等だ」という意見がしばしば対立します。しかし、実際に問われている問題はそれほど単純ではありません。
競技の伝統と公的なセレモニーは分けて考える余地がある
男性力士だけが参加する大相撲において、競技の場としての土俵をどのように位置づけるかは、大相撲という文化そのものに関わる問題です。一方、優勝力士への表彰や自治体首長のあいさつは、力士同士の取組とは性質が異なります。
「取組を行う土俵については従来の伝統を維持する」
「公職者による表彰については性別を問わない」
上記のように、場面によってルールを分ける考え方もあり得ます。逆に、取組から表彰まで含めて大相撲の一連の儀礼であり、一部分だけを切り離すべきではないという考え方もあるでしょう。
どちらか一方だけを「正解」とするのではなく、女人禁制が何を守るための慣習なのかを具体的に検討する必要があります。
「伝統だから」で説明を終えないことが求められる傾向にある
一つの考え方として、伝統であること自体が、その慣習を続ける理由の一つになることはあります。
しかし社会が変化するなかで伝統を維持するのであれば「昔からそうだから」という説明だけではなく、その慣習が現在どのような意味を持ち、どこまで適用されるのかを説明することも求められることが、令和の昨今ではダイバーシティの観点からも重要視されつつあります。大相撲と女性との関係も、すでに歴史のなかで変化してきました。
江戸時代には女性の相撲観戦そのものに制限がありましたが、1872年から段階的に解禁され、1877年には完全に自由になりました。人命に関わる場合は女人禁制の例外になることも明確になっていますが、一方、女性が土俵上で表彰やあいさつを行わないという慣習は現在も残されています。
まとめ|大相撲の女人禁制は現在も土俵の伝統として続いている

大相撲では現在も、女性が土俵に上がらない「女人禁制」の慣習が続いています。日本相撲協会はその背景として、相撲と神事との関係、大相撲の伝統文化、男性力士が戦い鍛錬する場としての土俵という考え方を示しています。一方、「女性が不浄だから」という説明は協会の公式見解ではありません。
また、女人禁制のあり方は歴史のなかで変化しています。かつて存在した女性の観戦制限は明治時代に撤廃され、2018年には人命に関わる緊急時も例外であることが明確になりました。
現在残る大きな論点は、表彰や公職者のあいさつといった競技以外の場面にも女人禁制を適用するのかという点です。2026年には女性初の高市首相が在任していますが、高市首相自身は伝統を尊重し、土俵には上がらない考えを示しています。
秋場所をきっかけに女人禁制を知ることは、「女性が土俵に上がれるか」という問題だけではなく、長く続く文化を現代社会のなかでどのように受け継いでいくのかを考えることにもつながります。







