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ESG担当者であれば、以下のようなお悩みを抱えたことはないでしょうか。
「脱炭素もまだ道半ばなのに、今度はネイチャーポジティブ?」
「うちはIT企業だし、森も川も関係ない」
「そもそも上司をどう説得すればいいのか」
言葉だけが先走り、自社の事業と結びつけられないまま、調べるほど霧が深くなる。そんな焦りと戸惑いを抱えながら、この記事にたどり着いた方も多いのではないでしょうか。ネイチャーポジティブは農業・林業・製造業だけの話ではありません。オフィスで働くIT企業も、融資を判断する金融機関も、商品を仕入れる小売業も、すでにこの潮流の渦中にいます。「何もしない」ことのリスクが、じわじわと可視化されてきている局面です。
この記事では、ネイチャーポジティブが経営課題となった背景、投資家からの評価・サプライチェーン・市場機会、また業種別の具体的な第一歩まで、ESG担当者が社内を動かすためのポイントを解説します。ぜひ最後までお読みください。

「ネイチャーポジティブ」という言葉は聞いたことがあっても、自社の事業とどうつながるかが見えないという方は多いはずです。まずは土台となる定義と、なぜ今これが「経営課題」になっているのかを整理します。
ネイチャーポジティブとは、生物多様性や自然生態系の損失を食い止め、2030年までに自然を回復軌道に乗せることを目指す国際的な目標です。2022年12月、カナダ・モントリオールで開催された国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)において「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択され、23のターゲットが定められました。
なかでも企業に直接関係するのは、事業活動を通じて生物多様性に与える影響の評価・開示を促す条項です。COP15の最大の特徴は、企業と投資家の役割に明確に焦点を当てた点にあります。
自然の損失は企業に資源リスクをもたらし、ネイチャーポジティブは企業にとって重要な経営課題に浮上していると、会議自体が位置づけています。
2024年3月、環境省・農林水産省・経済産業省・国土交通省の4省庁連名で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が策定されました。この戦略が示すメッセージは明確で、「自然保全は単なるコストアップではなく、自然資本に根ざした経済の新たな成長機会である」ということです。
世界経済フォーラムの推計をもとにすると、この移行により日本で2030年時点に約47兆円のビジネス機会が創出される見込みとも試算されています。政府が義務ではなく「成長チャンス」として企業に働きかけている点がこの戦略の核心です。

担当者が社内を説得するうえで、最も必要なのがメリットへの答えです。ネイチャーポジティブへの取り組みは、企業価値に直結する3つのリターンをもたらします。
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)とは、企業や金融機関が自然に関するリスクや機会を評価・開示するための国際フレームワークです。気候変動版の「TCFD」の自然資本版と考えるとわかりやすいでしょう。
2024年1月のダボス会議では、世界の320社がTNFD枠組みに沿った早期開示を宣言しました。そのうち日本企業が80社と世界最多です。花王・KDDI・三井住友フィナンシャルグループ・キリングループ・NECなどがすでにTNFDレポートを発行し、投資家との対話に活用しています。
さらに2025年1月、三井住友DSアセットマネジメントが株主総会の議決権行使基準にTNFD開示を組み込むという動きが出ました。TNFD開示なし・方針なしの企業が株主から圧力を受ける時代が、すでに到来しています。開示に踏み出した企業ほど投資家に好意的に見られる、という現実が今あります。
自社の工場や事務所が直接自然を破壊していなくても、調達先や取引先を通じて自然へのインパクトが生じているケースは、ほぼすべての企業に存在します。
原材料・包装材・食品・農産物・木材・水。これらを調達するサプライチェーンのどこかで、森林破壊や生態系の劣化が起きていれば、それは自社のリスクであるという見方もできるのではないでしょうか。
欧州では取引先の環境対応を調達基準に組み込む動きが進んでおり、ネイチャーポジティブへの対応がグローバルサプライチェーンへの参加資格になりつつあります。生物多様性と自社との関係性を分析・評価しないままでは、投資家や取引先を含めたステークホルダーへの説明責任を果たしたとは言えません。
リスク管理の側面だけでなく、ネイチャーポジティブはビジネスの新しい市場を開く扉でもあります。
生物多様性ビッグデータの活用、スマート農業、生態系モニタリング技術、持続可能な素材・認証製品、グリーンインフラ設計といった市場は、ネイチャーポジティブを背景に急拡大している領域です。
NTTはすでに「NTTネイチャーポジティブ事業ビジョン」を策定し、企業・自治体のネイチャーポジティブ推進支援を事業として打ち出しています。環境対応を支援するビジネス自体が成長市場になっているのが現状です。

「理屈はわかった。では具体的に何から手をつければ?」という問いに答えるために、国が用意した支援制度と、業種別の実践的なアプローチを整理します。
環境省は「ネイチャーポジティブ経営推進プラットフォーム(NPEプラットフォーム)」を設置しています。2023年3月に閣議決定された「生物多様性国家戦略2023-2030」に基づくもので、企業・団体・機関・自治体が互助・協業しながらネイチャーポジティブ経営への移行を進めるための場です。
製造業・建設業・情報通信業・銀行業・保険業・サービス業など、業種を横断した参加企業がナレッジを共有しています。「同じ悩みを持つ他社はどう動いているか」をリアルに知ることができる、担当者にとって最も実用的な入口の一つです。
企業の保有する土地・工場敷地・緑地・屋上庭園などが、生物多様性保全に貢献していると認定される「自然共生サイト」制度があります。2023年度に認定が始まり、認定を受けた区域は保護区以外の生物多様性保全地域国際データベース(OECMs)にも登録されます。
シャトー・メルシャン(キリングループ)の「椀子ヴィンヤード」(長野県上田市)は、農産物を事業として生産する畑として2023年度に自然共生サイトに認定されました。工場の緑地、都市オフィスの屋上・壁面緑化なども対象になり得ます。認定を受ければ、対外的なコミュニケーションや統合報告書への記載に使える実績と信頼性が生まれます。
最も影響が大きく、かつ対応が進みやすいのが調達の見直しです。パーム油・紙・大豆・水産物など、森林破壊リスクの高い原材料について、持続可能な認証素材(FSC認証、RSPO認証等)への切り替えを進める企業が増えています。調達方針にネイチャーポジティブの視点を組み込み、サプライヤーへの要請に落とし込むことが第一歩になります。
土地利用と生態系への影響が最も直接的な業種です。都市開発の現場では、敷地内に在来種の植物を植え、鳥や昆虫が行き来できる「生態回廊(エコロジカル・ネットワーク)」を構築する動きが進んでいます。
野村不動産ホールディングスはすでにTNFD開示を実施しており、不動産業における自然関連課題の開示先進事例として位置づけられています。緑地の整備はESG評価だけでなく、テナントや周辺住民への訴求にもなります。
「うちはオフィスワークが中心で、自然に直接触れていない」という担当者に伝えたいのは、間接的な関与こそがネイチャーポジティブの本丸だということです。
取り組みの切り口は主に2つあります。

ネイチャーポジティブへの取り組みは、かつてのCSRへの取り組み、という括りとは本質的に異なります。投資家評価・サプライチェーンリスク・市場機会という3つのビジネスインパクトと直結する、企業の持続可能性を担保するための経営戦略です。
2030年まであと数年。TNFD開示・自然共生サイト認定・調達方針の見直し。どれも、今始めた企業が先行者利益を得る局面にあります。
まず環境省の「ネイチャーポジティブ経営推進プラットフォーム(NPEプラットフォーム)」を訪問し、自社業種に近い参加企業の事例を一つ読んでみてください。「うちには関係ない」から「うちはどこから始めるか」へ。その一歩が、業界のフロントランナーへの入口です。
もし「自社でサステナブルな社会に向けて取り組みをしているが、外部にどう露出したらよいか分からない」とお悩みの方は、ぜひearth-ismへお問い合わせください。
早稲田大学文学部社会学コース卒業。「環境」と「教育」を軸に暮らしと社会の接点を紡ぐフリーランスライター/ディレクター。メディア記事の執筆だけでなく、企画設計や構成、インタビュー、編集ディレクションまで一貫して手がける。ジェンダーやケア、感情のグラデーションといったテーマにも関心が深く、「誰かの違和感をことばにする」ことを大切にしている。
