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旅先のドラッグストアやホテルで、小さなパウチ入りのシャンプーやスキンケア用品を手に取ったことはありませんか。持ち運びやすく、必要な分だけ使えるトラベルサイズは便利な一方、「どのような原料が使われているのか」「容器はリサイクルできるのか」と気になることもあります。
こうした製品の「見えにくい情報」を、デジタル技術によって確認できるようにする仕組みとして注目されているのがDPP(デジタル製品パスポート)です。
欧州連合(EU)では、製品の持続可能性や資源循環を高める政策の一環としてDPPの導入が進められています。現時点ですべての化粧品にDPPの導入が義務付けられているわけではありませんが、原材料や製造工程、リサイクルなどの情報を製品と結び付ける考え方は、美容業界にとっても無関係ではありません。
この記事では、DPPとはどのような仕組みなのか、EUではいつから導入されるのか、日本ではどのような取り組みが進んでいるのかを整理しながら、化粧品・美容業界で考えられる活用方法について解説します。
DPP(Digital Product Passport)とは、簡単に言えば製品ひとつひとつに付けられる「デジタルの経歴書」のようなものです。パッケージに印刷されたQRコードやICタグをスマートフォンで読み取るだけで、その製品が生まれてから廃棄されるまでの情報にアクセスできます。
原材料はどの国のどの農園で育てられたのか、製造にはどれだけのエネルギーが使われたのか、使い終えた容器はどこに出せばよいのか。こうした情報が、ひとつのデジタル記録として製品に紐づけられています。
専門的なデータベースを調べる必要はなく、スマートフォンをかざすだけでサプライチェーン全体を確認できる点が、DPPの大きな特徴です。
消費者にとっては、その製品を信頼できるかどうかをスキャンひとつで判断できる新しい購買体験になります。ブランドにとっては、自社の誠実さを目に見える形で示す手段になるといえるでしょう。

化粧品は、食品と同じように「何が使われているのか」が購買判断に大きく関わる製品です。
とりわけ近年は、成分だけではなく、原材料の調達方法や環境負荷、容器のリサイクル方法などまで確認して商品を選びたいというニーズも生まれています。
DPPの考え方が美容分野で活用されれば、パッケージの限られたスペースだけでは伝えきれなかった情報を、デジタル上で補完できるようになります。
旅行用のシャンプーや化粧水を想像してみましょう。パウチやミニボトルは携帯性に優れている反面、通常サイズの商品と比べてパッケージが小さく、掲載できる情報量には限界があります。そこでQRコードなどからデジタル上の製品情報へアクセスできれば、必要な人がより詳しい情報を確認できるようになります。
DPP関連サービスでは、原材料の構成や調達元、製造に関する情報、企業のサステナビリティ方針などを表示する活用方法が想定されています。もちろん「DPPが付いている=その化粧品の安全性が保証されている」という意味ではありません。安全性の評価と製品情報の透明化は別のものです。
しかし、ブランドがどのような情報を把握し、どこまで開示しているのかを確認しやすくなることは、消費者が商品を比較するときの新しい判断材料になるでしょう。小さなボトルの裏側に広がる長いサプライチェーンを、スマートフォンからたどれる。そんな購買体験が、DPPによって現実味を帯び始めています。
化粧品は、中身だけでなく容器も大きな課題です。ポンプ、キャップ、本体容器、ラベルなど複数の素材から構成されている商品もあり、消費者から見ただけでは「どこまで分解すればよいのか」「リサイクルできる素材なのか」が分かりにくい場合があります。
旅行中は特に判断は難しくなります。自治体や地域によって分別方法が異なるためです。DPPに容器の素材や分解方法、回収方法などの情報を組み込むことができれば、使用後の行動を支援する手段にもなります。
これまで商品の役割は、使い切ったところで終わるものと考えられがちでした。しかしDPPが目指す循環型の製品管理では、「使ったあと、その素材をどう次へつなぐか」までが製品情報の一部になります。
美容業界にとっても、商品を販売するところまでではなく、容器が回収・再資源化されるところまでを考えるきっかけになりそうです。

DPPをめぐる動きはEUだけのものではありません。日本でも経済産業省が中心となり、企業や業界の壁を越えてデータを安全に共有するための仕組みづくりが進められています。代表的な取り組みが「ウラノス・エコシステム(Ouranos Ecosystem)」です。
ウラノス・エコシステムとは、企業・業界・国境を越えたデータ連携やシステム連携を実現するために経済産業省などが推進している取り組みです。脱炭素、人手不足、災害への対応など、一社だけでは解決が難しい社会課題に対応するためには、サプライチェーンに参加する複数の企業が必要な情報を共有できる仕組みが欠かせません。
そこで、それぞれの企業が持つデータを無条件に公開するのではなく、データの主権や信頼性を確保しながら連携できる環境の整備が進められています。
すでに自動車・蓄電池分野では具体的な取り組みが進んでいます。2025年には、日本のバッテリートレーサビリティプラットフォームと、欧州の自動車産業向けデータエコシステム「Catena-X」との相互接続実証にも成功しました。国境を越えてサプライチェーンのデータをやり取りするための土台づくりが、実証段階から実装へと進みつつあります。
さらに日本では、製品に含まれる化学物質の情報に加え、DPPで必要になることが想定される再生材含有率や部品の再利用など、資源循環に関する情報をバリューチェーン上で伝える基盤の検討も行われています。
日本の化粧品ブランドにとってDPPは、将来的な規制対応だけを目的としたものではありません。製品の背景を説明する、新しいコミュニケーション手段として活用できる可能性もあります。
たとえば下記のような手段が挙げられます。
これまでもWebサイトやサステナビリティレポートで同様の情報を発信することはできました。しかし、消費者が商品を手に取った瞬間に、その商品そのものから情報へアクセスできる点にDPPの特徴があります。
「企業として環境に配慮しています」という大きなメッセージから、「いま手にしているこの商品では、何をしているのか」という具体的な情報へサステナビリティ情報を製品単位に近づけることで、ブランドの取り組みをより実感しやすくできるでしょう。

化粧品へのDPP義務化時期はまだ決まっていませんが、すでに美容分野でDPPを活用するためのサービスは登場しています。制度が完成してから対応するのではなく、製品情報の透明化や顧客とのコミュニケーションにDPPの仕組みを生かそうとする動きです。
DPPプラットフォームを提供するPicoNextでは、衣料品や電子機器、家具などと並び、化粧品向けのDPPサービスを展開しています。同社のプラットフォームでは、DPPの作成から公開、APIによるデータ連携などを行うことができます。消費者はQRコードをスマートフォンで読み取り、製品情報へアクセスする仕組みです。
化粧品向けには、原材料の構成や調達元、企業情報、サステナビリティに関する方針などを掲載する利用方法が示されています。たとえば植物由来の原料を使用する化粧品なら、「植物由来成分を使用しています」と表示するだけでなく、その原料がどこから調達されているのかまで情報をつなげることができます。
消費者が知りたいときに、商品の背景にあるストーリーやサプライチェーンへ一段深く入っていけることがポイントです。
ブランド側にとっても、パッケージの小さな面積にすべてを詰め込む必要がなくなります。商品の世界観を損なわず、必要な情報量をデジタル側で確保できることは、美容分野との相性がよい部分でしょう。

DPPというと、どうしても「EUの新しい規制への対応」という印象が先に立ちます。しかし美容業界で考えた場合、その価値は規制対応だけではありません。商品について「知りたい人が、知りたいところまで確かめられる」環境をつくることで、ブランドと消費者の関係そのものが変わる可能性があります。
これまで化粧品の魅力は、ブランドイメージやパッケージ、使用感、価格などによって伝えられてきました。もちろん、これらがなくなるわけではありません。
ただ、その背後にある情報まで商品価値として評価される機会は増えていくでしょう。どこから原料を調達しているのか。どのような素材を容器に使用しているのか。企業は環境負荷をどのように把握しているのか。こうした情報を公開できることは、単なる「イメージのよさ」とは違う信頼を生みます。
一方で、DPPを導入するだけで信頼が生まれるわけでもありません。重要なのは掲載するデータの正確性や更新体制です。透明性が求められるということは、企業にとって都合のよい情報だけを見せればよいということではありません。
だからこそDPPは「サステナブルに見せるためのツール」ではなく、ブランド自身がサプライチェーンを把握し、説明できる状態をつくるための仕組みとして考える必要があります。
美容業界とDPPの相性がよいと考えられるのが資源循環です。
化粧品の容器は生活のなかではとても小さなものです。しかし、毎日世界中で使われることを考えれば、その量は決して小さくありません。使い終えたあとに「これは燃えるゴミなのか」「キャップは外すのか」「店頭回収できるのか」が分からなければ、せっかく回収制度が用意されていても利用されない可能性があります。
DPPから適切な回収方法やリサイクル情報へアクセスできれば、企業側がつくった循環の仕組みに消費者が参加しやすくなります。

DPP(デジタル製品パスポート)は、製品に関する情報をデジタル上で管理し、サプライチェーンや製品のライフサイクルを通して活用できるようにする仕組みです。EUではESPRをはじめとする制度のもとで導入が進んでおり、対象となるバッテリーでは2027年2月からバッテリーパスポートが始まります。一方、2026年8月現在、化粧品についてDPPの具体的な義務化時期は決まっていません。
それでも、化粧品業界にとってDPPは遠い未来の話とは言い切れません。
原材料の調達、製造、販売、使用、容器の回収、再資源化まで。これまで別々に存在していた情報を製品を軸につなぐ考え方は、ブランドの透明性や資源循環を考えるうえで大きな意味を持ちます。日本でもウラノス・エコシステムをはじめ、企業・業界・国境を越えて産業データを連携するための基盤づくりが進んでいます。
旅先で手に取った小さなコスメにも、原料をつくった人、製造した工場、運ばれてきた道のり、そして使い終えたあとの行き先があります。一つの製品の向こう側に隠れていた長い物語を、必要な人が確かめられるようにすること。その透明性が、これからのものづくりと消費を少しずつ変えていくはずです。
看護師として働く傍ら、webライターとしても活動中。 趣味は身体を動かすこと。その中でもヨガにハマり、2024年にRYT200を取得。 プライベートでは、小2長女と年長の男女双子の3人を育てるママ。 「ママでも自分らしく」「健康的に自分軸を大切にして生きる」がモットー。 世の中の方々の心に響くような発信を心掛けています。
